良くも悪くも凡人だ、悲しいことに

ポスドクやドクターなどの研究者のブログを回ってきた。少しでも研究者の考え方に触れて、研究や卒論を書くモチベーションを上げたかった。

彼らはすごい、「誰よりも、新しい事実を自分の目で見たい」「目標達成のために苦労をいとわない」

特に努力はすごくて、身体を壊してまで研究を優先する。私の周りでも、助教はいつも頭痛薬を飲んでるイメージ。そういえばあの人も体調をよく崩していたな。

私にはそんな大義はなかった。自分が嫌で、父のようになりたくて、「研究者に適性のある人間に憧れて」研究者を目指した。適性があれば良かったんだけど、メンヘラで情緒不安定な小娘には無理だった。

最近外部機関に委託していた解析結果が帰ってきて、使えるデータが取れてたんだけど、その時の感動や興奮より「3年かけて、私の生活や心を壊してまで得たのがこの紙切れ1枚か」と思ってしまったことが、何より悲しかった。努力して得たデータは私自身を直接幸せにしてくれないし、満足感なんて一瞬で消えた。私は根っから研究に向いていない。

満足感で思い出した。ADHDドーパミンの分泌が低下している状態なので満足感を得にくく、常に刺激を求めている状態だから酒やタバコなどの即物的な幸福に依存してしまうらしい。私がADHDじゃなかったら努力して得た結果に満足し、自信が得られただろうか。研究に夢中になれるADHDだったら、この喜びがクセになってますます研究にのめり込めただろうか。

面倒臭い、という気持ちが何事にも先立つ。地味な作業は苦手だ、でも凡人だから努力と継続の上でしか幸せになれない。人生を引き上げてくれる存在がほしくて、でもそんな人は手に入らないことも知ってて、絶望してるうちに1日が終わった。卒論は進まない。うつ病だけどうつ病じゃない。全てにおいて中途半端な私の存在。